第3回 栃木小山道場

 2005年4月に、第12回全国選手権大会チャンピオンである李光成指導員(三段)が栃木小山道場を開設した。
  栃木小山道場は、2002年6月に同氏が開設した栃木クラブを前身としている。
2006年1月現在45名の道場生が李指導員の下で稽古に励んでいる。
  今回の特別企画では、李指導員にインタビューをした(聞き手:黒崎、拳道31号再掲)。

 

李光成プロフィール
 
 1974年栃木県生まれ。

 第12回全国選手権大会優勝を始めとし、数々の好成績を残す。

 攻守のバランスに長けた高選手であった。拳道三段、本部直轄小山道場責任者。

 

 

― 小山道場開館おめでとうございます。拳道会に入会したのはいつですか?

 高校1年生の頃から豊島道場に通いました。
 もう16年になりますか。早いですね。

 

― 最初に教えてくれたのは誰でしたか?

 豊島道場時代の高山先生です。

 

― どんな印象が?

 厳しくて、怖くて、やさしくて。

 基本動作を一緒にたくさんやった記憶があります。

 高校3年間は学校の部活、道場とで稽古をし、大学卒業後には本部の内弟子になりました。

 

― 学生時代はボクシングの徳山選手と同級生だったとか?

 高1のときの同じクラスでした。まだ無名の頃によく連絡を取っていました。

 第12回全国大会で優勝した後に会ったときは「よく同じ体重にしたら勝負してやるよ」なんて冗談を言っていましたね。(笑い)

 その時分、徳山が一度ボクシングをやめようとしたことがあったんですけど、その頃に同級生達でトランクスを贈ってあげました。その後に井岡選手に勝って東洋、世界とステップアップしていったんですよね。

 今でも年賀状なんか来るんですけど、そこには「一緒に極めよう」なんてかいてありますね。


今も修行に余念のない李指導員

 

― 拳道会の内弟子に入ってどうでしたか?

 最初の頃はよく走らされました。

 内弟子に入った当初に、みんなで公園に走りにいったんですよ。

 大勢の兄弟子達と、石山会長(首席師範)も一緒に。

 22歳の頃だったんですけど、石山師範に走りで負けてしまって。

 その後石山師範には「走れ」、「基本を徹底しろ」ばかりでした。

 あと新人講習でしたっけ?きつかったですね。

 稽古中1時間半は移動ばかり。右構えで5往復、同じ動作を左構えで5往復とかしたじゃないですか。

 でもそれがあったから今道場出そうとか、自信を持って教えていけるんですよね。糧になったと思います。

 ああいうのがあったから基本が身についたし、一人でやっていても正しく身に付かないじゃないですか。

 稽古中に石山師範には基本をよく体をいじられました。引き手はこことか、肩が上がっているとか。とてもありがたく思っています。

 前蹴りは、西さんとか黒崎さんによく注意を受けました。

 安師範や江本さんは僕の前蹴りを真似して馬鹿にされていました。(笑い)

 

― 稽古で印象に残っていることは?

 少し違うのですけど、僕が1年目の時。

 黒崎さんが稽古に遅刻して「ふーっ」とため息をついたとき。

 

― 黒川さんが「泥をなめた稽古」といまだにいうあの稽古のこと?

 そう、それです。

 黒崎さんのため息に安師範が怒って、腕立て腹筋スクワットを何百回もさせて、雨の中公園でダッシュにアヒルに手押し車、懸垂を延々とさせたあの稽古ですよ。
それに参加したかったと思います。その場にいなかったことがさびしかったですね。

 その場にいなくてさびしいと思ったといえば、今年の先生の誕生日お祝いの席。

 僕ももちろん参加したのですが、トイレに行って帰ってきたら垂木が一本切れているのですよ。聞いたら、「先生が試し割りをされた」と聞いて、92歳の誕生日を迎えられた先生の試割りを、その場にいながら見られなくてさびしい思いをしました。

 稽古で印象に残っているのは、稽古中石山師範に歯を二本折られことですかね。「上段突きをよける稽古じゃ」といわれて竹の棒で突かれたんですよ。

 さっきも言いましたが、石山師範には「僕は足が遅い」ってイメージをもたれてしまったんですけど、12回大会前には走りこみをたくさんしましたね。先輩方に負けないくらい走れるようになりました。

 

― 李光成指導員が優勝した12回大会で印象に残っているのは?

 やはり決勝戦ですね。あの試合は面白かったです。

 それと、12回大会のときは一度も顔を叩かれなかったんですよ。表彰式の写真を見るとほとんど全員が血だらけでしたからね。

 

― 小山道場を出そうと思ったきっかけは?


一般部道場生は部位鍛錬に余念がない
 僕は5年間の内弟子生活を終えて、家業を手伝いながら週1のクラブを教えていたんです。

 2〜3年やるうちに生活スタイルも安定して、「このままでいいのか?」と考えるようになりました。

 大会や合宿などで内弟子時代に教えていた本部の子供達も健やかに育っている姿を見るとこれから一生、仕事の合間に拳道を子供達に伝えていくのか?仕事が主で、空手が従で時分が満足なのか、やりがいがあるのか。

 どうせ教えるなら子供達が多いほうが学ぶことも多いのではないか、子供達も喜ぶのではないのか、そのほうが自分もやりがいがあると思うようになりました。

 その頃に三重道場、守山道場といろんなところに常設道場が誕生し大きな刺激を受けました。

 「よし、空手をメインにして行こう」と決意をしました。

 

― 小山道場の開設のあたり一番協力してくれたのは誰でしたか?

 一番協力してくれたのは栃木クラブのお母さん達でした。

 小山道場を見ていただくとわかると思うんですけど、手作りなんですよ。

 ジョイントマットを敷き詰めた床もお母さん達が一緒にカッターで切ってあわせたり、ポスティングも一緒にやっていただいたりしました。

 それと事情があって栃木クラブをやめた道場生のお母さんも道場開設に当たって色々な協力をしていただきました。

 

― 道場を一言で表現したらどんな道場でしょう?

 「道場生たちが主人公の道場」ですかね。


元気いっぱいの小山道場少年拳士たち

 

― これからの抱負、小山道場のビジョンをお話ください。

 短いスパンで考えれば、地域における小山道場の知名度をあげていきたいですね。

 まだ開設して3ヶ月、「ここに拳道会の道場がある」ということを知らない方も多いと思いますので、祭とか何かがあれば積極的に地域参画をしたいですね。

 長いスパンで見ると、やはり有段者の輩出、全国選手権大会に出場できる選手の育成を目指して行きたいです。その中で一人でも二人でも指導できる人材を育成していきたいですね。

 そうですね、いつかは単独で県大会を開催したいですね。色々な道場とも交流をしたいとも思います。


 

昨年秋には初の昇段者も出した

 

― 李光成指導員にとっての「拳道」とは?

 「人との出会い」に集約されますかね。

 拳道を通じて、中村総師と石山師範、自分の生涯の師に出会えたこと。

 そういう中で自分が学んだことを次の世代、子供達に伝えていきたいですし、それが弟子の役目だと思います。

 また小山道場の開設にあたり、道場生父母のみなさん、地域の皆さんとより分かり合えたことはやはり「拳道」のおかげですね。

 

― 今年の抱負は?

 今年の目標はいままで参加できずにいた関東少年部道場対抗試合に出場し優勝することです。

 今後、全国の道場生に負けないよう稽古に精進します。

 今年の「超注目!!」 道場になるように頑張ります。

 

―読者に何かメッセージは?

 もしかしたら20回大会で再開できるかも。(笑い)

 実は今年も準備したのですが、間に合わなくて。

 大谷師範代とも「来年は一緒に出よう」と約束したので、期待してください。

 全国の拳道会会員の皆さん、栃木にお越しのときはお気軽に小山道場にいらしてください。

 一緒に稽古をしましょう。

 

― 本日はお忙しいところありがとうございます。